なぜ「我慢できる人」ほど自分を後回しにしてしまうのか|Day2

Move

頼まれたら断れない。

多少しんどくても、「まあ大丈夫」と引き受けてしまう。

周囲から見れば、

空気が読めて、協調性があって、扱いやすい人。

でもその裏で、

自分の疲れや違和感は、いつも後回しになっている。

「みんな頑張っているし」

「自分だけ弱音を吐くのは違う気がする」

そうやって我慢を重ねるうちに、

何がつらいのかすら、分からなくなっていく。


我慢は「強さ」として学習されていく

多くの人は、

最初から自分を後回しにしているわけではない。

ただ、過去を振り返ると、

我慢したときほど評価されてきた経験がある。

・文句を言わずにやりきった

・周囲に合わせて場を壊さなかった

・自分の気持ちより役割を優先した

そうした行動は、

「大人だね」「しっかりしているね」と肯定されやすい。

その結果、

脳はこう学習する。

「我慢すれば、受け入れられる」

「自分を出さなければ、安全でいられる」

こうして我慢は、

無意識の“生存戦略”になっていく。


自分の感情を感じる力が鈍っていく

問題は、

この戦略が長く続いたときに起きる。

我慢が当たり前になると、

「嫌だ」「つらい」「違和感がある」という感情を

キャッチする力が弱くなる。

感じないようにしてきたものは、

次第に“分からなくなる”。

すると人は、

限界を超えてからでないと

自分の疲れに気づけなくなる。

突然、何もしたくなくなる。

理由もなく涙が出る。

小さなことで心が折れる。

それは弱さではなく、

長い間、無視されてきた感情の反動だ。


我慢している限り、楽にはならない

ここで大事なことがある。

我慢は、

一時的には場を丸く収めるかもしれない。

でも、

自分を後回しにする選択を続けている限り、

根本的な楽さは手に入らない。

なぜなら、

環境が変わっても、

「我慢する自分」という役割だけが残るから。

場所が変わっても、

人が変わっても、

また同じように自分を削ってしまう。

変えるべきなのは、

外側だけではない。


小さく「自分を優先する」練習から始める

いきなり主張しなくていい。

強くならなくていい。

まずは、

自分の感覚を無視しないことから始める。

・今日は本当は疲れている

・それは少し嫌だと感じている

・今は一人でいたい

行動に移さなくてもいい。

気づいて、認めるだけでいい。

自分を後回しにしない感覚は、

一気には戻らない。

でも、

小さく拾い直していくことで、

「我慢しなくても大丈夫な領域」が

少しずつ広がっていく。

このシリーズでは、

そうした感覚を取り戻すプロセスを

順番に言葉にしていく。

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