なぜ「ちゃんとやっている人」ほど苦しくなるのか|Day1

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なんとなく慢性的に感じる苦しみ

特別サボっているわけではない。

むしろ、人から見れば「ちゃんとしている側」かもしれない。

仕事もそれなりにこなしている。

人間関係も大きなトラブルはない。

最低限やるべきことは、ちゃんとやっている。

それなのに、なぜかずっとしんどい。

「もっと頑張らないといけない気がする」

「今のままじゃ足りない気がする」

そんな感覚が、静かに続いている。

この違和感を、

「自分が弱いから」

「甘えているから」

そうやって片づけてしまう人は少なくない。

でも、本当にそうだろうか。


努力しているのに、安心できない理由

多くの場合、この苦しさの原因は努力不足ではない。

問題は、

どれだけやっても「安心できる地点」にたどり着かない構造にある。

頑張る → 評価される → すぐ次の課題が来る

できる → 任される → 余裕は増えない

耐える → 期待される → さらに自分を後回しにする

この流れに入ると、

努力は積み重なっているのに、心は休まらない。

しかもこの構造は、

真面目で、責任感があって、周囲をよく見ている人ほど

深くはまりやすい。

「できてしまう」から、止まれない。

「期待に応えられてしまう」から、抜けられない。


苦しさは性格ではなく「設計」の問題

ここで一つ、視点を変えてみたい。

この苦しさは、

あなたの性格や根性の問題ではない。

**環境・思考・役割の組み合わせによって生まれる

“構造的な疲労”**だ。

・常に期待される立場

・失敗しないことが前提の役割

・感情よりも成果を優先する習慣

これらが重なると、

人は「頑張っている自覚」より先に「消耗」を感じる。

しかも厄介なのは、

周囲からはちゃんとして見えるため、

自分でも「苦しいと言ってはいけない」と思ってしまうことだ。

こうして苦しさは、

表に出ないまま、内側に溜まっていく。


このシリーズで扱うこと

このシリーズでは、

「どうすればもっと強くなれるか」

「どうすればさらに頑張れるか」

は扱わない。

その代わりに、

・なぜ苦しくなっているのか

・どこでズレが生まれているのか

を、一つずつ言葉にしていく。

苦しさの正体が分かれば、

自分を責める必要はなくなる。

変えるべきなのは、

あなた自身ではなく、

あなたを取り巻く考え方や役割の配置かもしれない。

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